電気自動車を考える


1997年11月現在、各国で電気自動車やハイブリッドカーが試作或いは市販されている。

事の発端はカリフォルニアの排ガスに関する規制だ。現在の炭化水素燃料を使用した自動車を

走らせる限り、大気汚染レベルが低下する可能性が低いと感じた同州は自動車メーカに対して

電気自動車の販売を義務づける規制を行った。

その規制自体は「実現困難」との観測から猶予期間を延長してきたが、いつかは訪れる電気自

動車の時代,そこで低公害車を考えてみた。


1.希薄燃焼による燃費向上の是非

  ガソリンエンジンは空気とガソリンの重量比を14.7:1とした時に完全燃焼する。

  排出されるのは炭酸ガスと水と窒素酸化物..の筈だが、不完全燃焼などによるHCやC

  Oも排ガス中に混ざってくる。これを三元触媒(窒素酸化物を還元して酸素と窒素に分け、

  その酸素を使用してHCとCOを酸化する)に通せば排ガスは炭酸ガスと水に限りなく近

  づくはずだ。

  この理論空燃比で燃焼させるためには、常に空気と燃料の重量比を一定に保たなくてはい

  けない。すなわち、エンジン出力のコントロールは空気流量と燃料の両方を増減する必要

  があるわけだ。(当たり前の話)

  したがって、ガソリンエンジンにはスロットルバルブが存在する。アイドリング時などで

  はスロットルバルブを閉じて空気流量を制限する。

  エンジンのボア・ストロークは一定だから、スロットルを閉めればエンジン内は希薄な空

  気と希薄な燃料が燃焼するという具合だ。(空気と燃料の比率は一定)

  これは丁度注射器の口に指を当ててピストンを引いた時と同じ,大気圧に逆らってピスト

  ンを引くには力が必要だ。これがエンジンで言うところのポンピングロスというロス馬力

  になる。

  だったらスロットルをもっと開けばいいじゃないか..って考えるのだが、そうはいけな

  い。スロットルを開いて吸入空気量が増えればそれに応じた燃料を混合しなければならず

  エンジン出力は増大してしまう。

  燃料だけを絞ると燃焼は不安定となり、COとHCが増大しエンジンはブルブルと不快な

  振動を発するようになり、更に燃料を絞るとやがて燃焼しなくなりエンジンは停止する。

  これを改善する目的で登場したのが気筒内燃料噴射エンジンだ。考え自体は古くからあっ

  たこの方式,排ガス対策と言うよりは出力向上のためにレーシングエンジンで使われた事

  もある。

  しかし気筒内直接燃料噴射を希薄燃焼に使用すると言うアイディア自体は比較的最近のも

  のだ。ロータリーエンジンの燃費改善に力を注いでいたマツダは、同エンジンでこの方式

  を研究していた。

(NSU)

(MAZDA)

  希薄燃焼を行うと言うことは、空気と燃料の重量比を14.7:1よりもっと薄い状態,

  20:1とか40:1で安定な燃焼が出来るエンジンと言うことになる。沢山の空気を吸

  って少量の燃料で燃やすことが出来るわけだから、スロットルバルブ開度は大きくなる。

  よってポンピングロスが低下し、低回転/低負荷時の燃料消費率改善が出来るというわけ

  だ。

  何故気筒内直接燃料噴射が希薄燃焼につながるのか?気筒内燃料噴射を行ったところで、

  理論空燃比より薄い空燃比で安定燃焼するわけではない。点火プラグ周辺に濃い空燃比の

  領域を作ると言うだけの話だ。

  つまりエンジン内部のほんのわずかな空間にだけ理論空燃比の領域を作り、そこで燃焼を

  行わせようと言う技術なのだ。

  燃焼はごく一部分の限られた範囲で行われると考えて良い。他の部分..燃焼しない部分

  には、吸入された空気がそのまま存在する。燃焼しない部分の酸素や窒素などは膨張圧力

  が燃焼後の炭酸ガスや水分より大きいから、これも燃費向上(出力向上)に貢献する。

  ただし、排ガス成分は通常の三元触媒が使用できる成分比率にならないためそれ用に設計

  された(還元を主とした)触媒で浄化しなくてはならない。

(燃料

はピストンに跳ね返るようにして点火プラグ付近に到達するのだが、ピストン付近の燃料の様

子は写っていない)

  気筒内燃料噴射エンジンを最初に市販したのは三菱自工,その後トヨタが市販し日産も市

  販を開始した。(1997年11月現在)

  気筒内燃料噴射エンジンはその制御機構も複雑になる。普通のエンジンではスロットルバ

  ルブ開度とエンジン出力がほぼ比例するが、気筒内燃料噴射エンジンではそうならない。

  低負荷時には空気過剰で運転するためスロットルはあけ気味にし(その為ポンピングロス

  が減って燃費が良くなる)回転や負荷が上昇すると普通の混合比の運転モードに切り替わ

  るから、おのずとスロットル開度とエンジン出力カーブは非線形になる。

  これを解決するためにコスト高と言われるスロットルバイワイア(電気制御式スロットル

  バルブ)を採用しているモデルが殆どだ。(三菱のみ一部機械式スロットル)

  高負荷運転時(高速道路など)では希薄燃焼モードに入らない。こうなると普通のエンジ

  ンと同じ様な燃焼が行われ、燃費改善効果も薄らいでしまう。いや、むしろ高圧燃料ポン

  プの駆動馬力損失分の燃料消費率悪化が考えられる。

  希薄燃焼エンジンのカタログ燃費がよいのは排ガス測定モードのトリックである。

  10・15モードの排ガス測定では、殆どが低回転/低負荷で運転速度も低い。これは希

  薄燃焼エンジンのメリットが最も出やすい測定モードなのだ。

  余談になるが、トヨタソアラ(3000cc+ターボ過給)とメルセデスSL600(6000ccNA)の

  通勤燃費はあまり変わらない。カタログ燃費ではソアラが8Km/l台でSLが5Km/l

  台なのに..である。メーカのカタログ燃費とは、それを十分研究し尽くして出来上がった

  飾りなのだ。

2.ハイブリッド車

  トヨタから国産初のハイブリッド車が発売される。10・15モード燃費は28Km/lと

  言う画期的ものだ。これはエンジンとモータを組み合わせた方式であり、ゼロ発進などエン

  ジンが苦手とする部分をモータで補い、通常加速や高速運転時はエンジンを使用するという

  システムになっている。

  モータを搭載した電気自動車の部分は、回生ブレーキも使用する。都市部の渋滞などではゴ

  ー&ストップの繰り返しになるから、ブレーキング時のエネルギーを発電によって回収する

  ことによって数十%のエネルギ効率向上効果があると言われている。

  この車,車体寸法はカローラ程度,車両重量はコロナ程度だ。搭載されるエンジンはアトキ

  ンソンサイクル(ミラーサイクルの原型)で燃費効率を追求する代わりに、最高回転数を4

  000回転に制限し58馬力/10.4Kg・m(共に4千回転)を発生する。

  モータの方は30KW(約41馬力)のブラシレスモータだ。ゼロ発進加速時にはこの41

  馬力のモータのみを(通常)使用するが、モータはトルク特性がエンジンと違い高負荷時ほ

  ど多くのトルクを発生するから加速性能は十分らしい。

  時速20Km/hあたりを境にエンジンも始動し、モータ&エンジンのパワーで加速する。

  モータのエネルギ源はニッケル水素電池だが、この容量は6.5Ahしかない。

  30KWのモータがどれだけの電流を食うか?モータ電圧が288Vだから電流は100A

  以上である。6.5Ahのバッテリでは2〜3分程度でカラになってしまう計算だ。

  だったら殆どがガソリンエンジンで動いているのではないか?,実際はそうである。

  したがってカタログ燃費の28Km/lに届かなくても文句を言ってはいけない。カタログ

  燃費は飾りである。

  それでもエンジンを可能な限り定回転で動作させること,回生ブレーキが使用できる事から、

  一般のガソリン車より燃費がよいだろうと言うことは想像に難くない。

  なにしろ「アイドリング」と言う概念が(クーラなどを使用しなければ)この車には無いの

  だ。

3.純粋な電気自動車

  発電所で電気を作る効率は、ガソリンで車を走らせる効率より高い。

  従って純粋に電気で走る自動車を作ればエネルギ効率は高くなる。しかし電池は重く大きく、

  とても実用的な電気自動車が出来る状態には至っていない。

  ネックは電池だ。鉛バッテリに比較して数倍のエネルギ密度があると言われているリチュー

  ム系電池でも、高温反応が要求されるがエネルギ密度の高いナトリゥム系電池でもガソリン

  をタンクに入れて搭載するエネルギ量には1桁足りない。

  一度電池が無くなってしまうと充電に時間がかかるというのもデメリットだ。

  1995年末あたりに話題になった「フライホイールにエネルギをチャージする」方式も影

  を潜め..高速のフライホイールを回したら、ジャイロ効果で運転性能が阻害されるに違い

  ない..今話題になっているのは燃料電池だ。

  燃料電池とは純水の電気分解..HOをHとOに分解すること..の逆の反応を起こさ

  せて、水素(H)と酸素(O)から電気と水を作るという電池だ。

  これは宇宙船などでも使用されていて、水素と酸素は燃料として,又人員の生命維持用とし

  て搭載されているから都合がよい。(アルカリ型という、純粋な酸素と水素を要求する物で

  自動車用として着目されている固体高分子型とは異なる)

  これを車に搭載するにはさほど問題はない,小型化も進められて、自動車に搭載できる程度

  の大きさにはなっているのだ。

  問題は水素の搭載が難しいと言うことだ。水素は常温常圧では密度の低い気体だ。加圧した

  ところでたいした容量は積めない。

  2Kgの水素を100気圧ボンベに入れるには100リットル以上の容積を必要とするし、

  吸蔵合金は22リットル分の体積で済むものの100Kg以上の重量になる。

  液体水素を搭載すれば搭載量は増えるが、極低温の液体水素はどんどん蒸発してしまう。

  水素吸蔵合金を使用すれば液体水素並の密度で搭載できるらしいが、媒体が金属で重量が嵩

  む。空気より軽い水素を貯蔵するために、大きな金属の固まりが必要というわけだ。

  そこでガソリンから水素を作ろうと言う考えが浮上した。炭化水素であるガソリンを水素(H)

  と炭素(C)に分解し、それを元に燃料電池を動作させようと言う考えだ。

  これに関して正確な情報は入ってきていない。実験レベルで成功しているという噂は聞くが、

  この燃料改質装置がどの程度のエネルギを必要とするのか?どの程度の大きさなのか?

  安全性は高いのか?疑問は多いが、米政府が民間企業をバックアップして研究を進めている

  らしいからさほど信頼性の低い話でも無さそうだ。

  ガソリンから水素が作れればインフラは既存のガソリンスタンドがそのまま使えるから問題

  は少ない。

  大きな問題はガソリンの価格が高いことくらいだろう。いや、正確にはガソリンにかかって

  いる税金が高いと言うべきか。現時点でガソリン価格は80円程度,その中の約50円は税

  金だ。

  ガソリン改質装置が実用化されたとしても、ガソリン中の水素の分量とそれを取り出すため

  のエネルギ,燃料電池のエネルギ変換効率(50%〜60%)を考えると、一般ガソリン車

  より燃費が飛び抜けて良くなる可能性は低そうだ。

  もちろん排出ガスの有害成分は限りなくゼロに近いから、環境保護には役立つ。

  しかしガソリンにかかっている税金が安くならない限り、我が国でそれが普及するとは思え

  ない。身内に優しく国民に厳しい日本の政治家のこと,環境保護より税収に目がいくことは

  火を見るより明かというもの。