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図書館が好きな県民?(1/9)
◆ 田久保市長事件で一躍有名になった伊東市だが、図書館建設の賛否を問うところが選挙の争点だった。全国から書店が消える今、何故図書館の新設なのかとなるのだが、箱物事業の一つとして金をかけやすいものには違いない。
◆ 通常の建物と異なり図書館には書籍が必要となる。つまり建物だけではなく中身にもお金が使えるとあって、政治家としては美味しい事業になるわけだ。同じ事は静岡県にも言えて、県立図書館建設計画がある。市にも図書館、県にも図書館、何か凄く文化的じゃないかと思うのは昭和か、精々平成の時代までではないだろうか。
◆ 勿論図書館はあればそれに越したことはないし、本の購入もしにくくなった昨今において気軽に本に触れられる場所があれば、それはそれで役に立つ。しかし巨額赤字を抱えながらも図書館建設はどうなのよと、なので選挙の争点になったりするわけだ。
◆ 静岡県知事は税収不足に対して、税収が不足すると福祉や子供予算を削らなければいけなくなると言った。その一方で赤字を出しながらも図書館は作りたいのだそうだ。他にも県庁の移転問題だとか野球場を作るとか、沼津駅周辺再開発に1千億円以上かかるとか色々あるのだが、これら(県の事業もあるし市の事業もある)にも賛否がある。
◆ その県立図書館建設は国の予算をアテにしたのだそうだ。金を貰えるから何かに使わないと損だ位の感じだったのかな。所がアテにした国の予算が当初より100億円少ないと判明した。これって少ないことが分かっていながら、あえて誤った計算をして事業を進めちゃったんじゃないの?と思わないでもない。
◆ 川勝知事は少々エキセントリックな思考の持ち主ではあったが、政治家的ずるさはあまりなかったと言える。現在の鈴木知事は政治家チックというか政治家の顔というか、政治家というか政治屋というか、そんな雰囲気を放っている。
◆ それぞれの知事の考えがあるわけだから、何が良いか悪いのかは取り組む問題によっても異なってくる。この人は全てが良いとか、この人は全くダメだなんて事は宗教以外ではあり得ない。ただ物事への全体的な取り組み方というか姿勢みたいなものが、必ずしも市民の方は向いていないよなと思うのが鈴木知事である。
◆ 国の予算が少なくなって図書館がどうなるのかというと、計画を遅延させて遂行するのだそうだ。予算の計算が間違っていたから再度検討し直しましょうとはならず、一度決めたことだから赤字だろうが何だろうがやりますよと。これは沼津再開発でも同じで、当初は予算額を少なく見積もって事業計画を通したわけだが、実際には当初予算よりも金がかかることが分かった。
◆ と言うかこの手法が流行っていて、少ない予算額を提示して計画を進めてしまい、あとから(様々な理由を付けて)予算額を増やしていくというもの。計画とは何なのか?予算とは何なのかが根本から問われるようなやり方なのだが、有利誤認を誘う手法を政治家が覚えてしまったのである。
◆ 図書館はやめないけれど書籍数は50万冊減らすよとも言っている。静岡県立図書館の蔵書数は95万冊だそうなので、半分以下にするのだそうだ。これは書籍離れもありディジタル化への意向を踏まえたと言っているのだが、それってもはや図書館ではなくなるのでは?
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